― 心理的安全性の“誤解”を超えて、成長する職場を築くために ―
「心理的安全性を高めたいんです」と相談に来る経営者は少なくありません。
ただし、その多くが心のどこかでこう思っています。
「甘やかすことと紙一重では?」
その懸念はもっともです。
「社員に優しくしていたら、何も言えなくなってしまった」
「意見は出るけど、成果につながらない」
そんな“心理的安全性の落とし穴”にハマってしまった組織は、実際に存在します。
では、本当に成果を出す組織に必要な「心理的安全性」とは、どのようなものなのでしょうか?
今回は、「安心」だけでなく「緊張」も共存する組織こそが、最も成果を出すという事実について、深掘りしていきます。
「居心地のよさ」と「心理的安全性」は同じではない
心理的安全性という言葉が広まり始めた当初、「人間関係がいい職場」や「フレンドリーな環境」のことだと勘違いされた時期がありました。
確かに、ギスギスした職場で本音を言うのは難しいですが、「仲良しクラブ」になってしまえば、それはそれで問題です。
たとえば、次のような職場では、心理的安全性が“機能していない”状態にあります。
互いに遠慮しすぎて、率直な意見が出ない
厳しい意見を言うと「空気が悪くなる」と避けられる
チームの「和」を乱すような提案はタブー視される
つまり、「居心地のよさ」と「心理的安全性」は似て非なるものです。
心理的安全性とは、「対立や批判があっても、自分の意見を表明できる空気」のことなのです。
成果を出す組織にあるのは「挑戦できる緊張感」
ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した心理的安全性は、単に「優しい職場」を意味しません。
彼女が実際に観察したのは、病院の医療チームにおいて「ミスを正直に報告し合える関係」が、どれほど患者の安全に貢献しているかという点です。
つまり、心理的安全性とは「言いたいことを言えること」に加え、「リスクを取って挑戦できる雰囲気」も内包しているのです。
成功する組織には、こんな特徴があります。
厳しいフィードバックが日常的に飛び交う
目標達成に対する責任感が高い
ミスを責めるのではなく、学習のチャンスとして活用する
「それって本当に必要?」と問いかけ合える関係がある
このように、「心理的安全性」は“ぬるま湯”ではなく、安心して「本気になれる」緊張感をつくるための土台です。
「甘やかす」組織は、緊張がなくなる
一方、次のような空気が蔓延している組織は、成果が出にくくなります。
ミスしても「誰も怒らない」代わりに、成長もしない
目標があいまいで、結果に対する緊張感がない
チャレンジがないまま、現状維持が繰り返される
「何をしても怒られない」「叱ることが悪いことだと思われている」
これは、一見すると心理的安全性があるように見えて、実は無関心による放任になっている場合もあります。
大切なのは、**人に対しては“優しく”、成果に対しては“厳しく”**です。
社員の人格を否定せずに、行動や成果に対してきちんと向き合う。
このバランスが「安心」と「緊張」の両立を可能にします。
経営者が果たすべき“場の設計”とは?
心理的安全性を“なれ合い”にせず、かつ“恐怖政治”にもせず、成果を出せる組織に変えるには、経営者自身の態度と関与の仕方が問われます。
ここで、経営者ができる「場づくり」の工夫をいくつか紹介します。
1. 「言ってもいい」と言うだけでなく、実際に受け止める
「遠慮せずに言ってくれ」と口で言うのは簡単ですが、いざ耳の痛い意見が出てきたときに、ムッとした表情を浮かべてしまえば台無しです。
意見を出した社員を評価し、「その視点は面白いね」と反応することが大切です。
2. 評価と挑戦をセットにする
挑戦したことをきちんと評価し、「失敗しても挑戦したことに価値がある」と伝え続けましょう。
評価されない挑戦は続きません。
3. フィードバックを「日常」にする
定期的な1on1ミーティングやチームレビューの時間を確保し、「正直な話」をできる時間と場を設計しましょう。
特別なことではなく、“日常的な対話の質”が、組織の空気を決定づけます。
「緊張」のない安心は成長しない。「安心」のない緊張は続かない。
成果を出す組織とは、単に「言いたいことが言える」だけではありません。
その先にある「挑戦する文化」や「建設的な緊張感」こそが、本当の価値です。
心理的安全性は、“ぬるま湯”ではなく、“挑戦の場”を支える基礎。
経営者がその前提を理解し、「安心」と「緊張」の両輪を意識することで、組織は初めて力強く成長していきます。