― “なれ合い”ではなく“挑戦できる空気”を
■ 「心理的安全性=優しい職場」ではない
「うちは風通しが良いですよ」「仲が良くて安心できる職場です」
経営者の方から、よくそうした言葉を聞きます。確かに、職場の人間関係が良好であることはとても大切です。しかし、それが“なれ合い”や“甘え”になっていないか──この問いを無視してしまうと、心理的安全性の本質を見失ってしまいます。
**心理的安全性とは、「対人関係においてリスクを取っても大丈夫だと思える状態」**を意味します。つまり、「この場で何を言ってもバカにされない」「否定されても自分の存在が脅かされない」という安心感です。これは、“楽な環境”ではなく、“挑戦できる環境”です。
■ なぜ、いま心理的安全性が問われるのか?
現代の企業を取り巻く環境は、目まぐるしく変化しています。業界の垣根が崩れ、AIやDXがビジネスを再定義し、過去の成功体験が通用しなくなっています。こうした変化の中で求められるのは、社員一人ひとりが「考えて動く」組織です。
社員が自ら考え、挑戦し、時に失敗してもまた立ち上がる──。その繰り返しがなければ、変化に対応できる強い組織にはなりません。そして、その土壌として欠かせないのが、心理的安全性なのです。
■ 心理的安全性の4つの要素(エイミー・エドモンドソン教授による整理)
心理的安全性を提唱した米国ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授は、チーム内の心理的安全性を以下のように捉えています。
話しやすさ(Speak-Up Culture)
→ 意見を求められた時に「自分の考えを言える」と感じるか?助けを求めやすさ
→ 困っているときに、素直に「助けて」と言える環境か?批判を恐れない
→ 指摘や建設的な意見を“攻撃”ではなく“貢献”と捉えるか?失敗を共有できる
→ ミスを隠すよりも、「共有すれば組織全体の成長につながる」と思えるか?
これらが揃って初めて、社員が「自分を守ること」より「組織を前進させること」に集中できるようになります。
■ 「なれ合い」と「心理的安全性」は紙一重
ここで注意したいのは、“なれ合い”と心理的安全性がしばしば混同されることです。
例えば、次のような状態は一見「心理的安全性がある職場」に見えますが、実は危険信号です。
会議で誰も反対意見を言わない
失敗を指摘しない(できない)
問題が起きても誰も責任を問わない
上司の意見にただ従う空気
これは、表面的な“平和”が維持されているだけで、健全な衝突や学び合いが失われている状態です。
心理的安全性のある職場では、意見の違いが出ます。対立も起こります。けれど、そこに“人を攻撃しないルール”と“違いを尊重する文化”があるからこそ、健全な緊張感と前進力が生まれるのです。
■ 経営者が起点になる:最初に問われるのは「自分の姿勢」
組織に心理的安全性を根づかせるには、まず経営者自身が変化を見せる必要があります。
社員に「自由に発言していいよ」と言いながら、自分の意見に反論されると不機嫌になる──そんな上司の下では、心理的安全性は育ちません。
社員は「何を言っていいか」ではなく、「誰の前でなら言っていいか」で判断しています。
つまり、経営者・上司の態度が空気を決めるのです。
以下のような姿勢が、社員に安心と挑戦の空気をもたらします。
「いいね」「なるほど」「ありがとう」とまず受け止める
自分の弱みや迷いも語る(完璧である必要はない)
否定せず、問い返す:「どうしてそう思ったの?」
一部の発言者だけでなく、全体から意見を拾う
■ 「挑戦できる空気」をつくる5つの実践ステップ
「意見を聞かせて」が口ぐせになる
→ 意見を求める文化は、トップの一言から始まる。全員が話す場をつくる
→ 会議で声の大きな人だけが話していないか?無記名アンケートや順番発言を導入する。失敗報告を称賛する
→ ミスを隠す文化は組織を蝕む。失敗事例こそ「全体で共有する価値ある知見」と認識する。「NO」が言える空気を評価する
→ 提案や反対意見が歓迎される場でこそ、改善と成長が加速する。経営陣自身がフィードバックを求める
→ 「私に改善点があるとしたら?」と問いかけることで、全社の対話の質が変わる。
■ おわりに:「言える」からこそ「動ける」組織へ
心理的安全性は、“居心地の良さ”ではありません。
“本音を出し合いながら、前に進む強さ”です。
社員が意見を言えない職場では、どれだけ優秀な人材がいても、彼らの知恵も創造力も発揮されません。
逆に、互いに学び合い、挑戦し合える組織には、成長のスピードと持続力があります。
心理的安全性は、経営の「甘さ」ではなく「強さ」の象徴です。