― “見える化”で誤解が生まれるとき
「まずは見える化だ」
ITやDXの話になると、必ず出てくる言葉です。
確かに、
数字が見えなければ判断はできません。
しかし、ここで一つ、
社長にとって都合の悪い事実があります。
データは、平然と嘘をつきます。
正確に言えば、
嘘をついているように“見える”判断を生みます。
見える化=理解、ではない
多くの会社で、
ダッシュボードやレポートが整備されると、
社長は安心します。
売上が見える
利益が見える
進捗が見える
しかし、ここで問いを一つ。
それを見て、何を決めるのか決まっていますか。
見えることと、
使えることは、まったく別です。
データは「事実」ではない
誤解されがちですが、
データは事実そのものではありません。
データとは、
何を測るかを決め
どう集めるかを決め
どう加工するかを決めた
結果です。
つまり、
その時点で、
すでに人間の意図が混ざっています。
見えている数字は、
現実の“切り取り方”に過ぎない
のです。
「正しい数字」が、間違った判断を生む
ここで、よくある光景を紹介します。
売上は伸びている
利益率も悪くない
数字上は順調
しかし、
現場は疲弊している
属人化が進んでいる
将来の芽が育っていない
数字は、
こうした兆しをほとんど映しません。
なぜなら、
測っていないからです。
見える化が組織を壊す瞬間
見える化には、副作用があります。
それは、
人が「数字に合わせて動く」ようになる
ことです。
評価される数字だけを守る
数字が悪くなる行動を避ける
数字に出ない仕事をやらなくなる
結果、
本来やるべき改善が後回しになる
長期的な投資が嫌われる
組織が短期志向になる
これは、
データ活用の失敗ではありません。
データ設計の失敗です。
ダッシュボードは「問い」を奪う
データが整うほど、
社長の口数が減ることがあります。
「数字は見ているから」
「だいたい分かっている」
しかし、それは危険な兆候です。
データは、
問いを立てるための材料
であって、
答えそのものではありません。
問いが減った経営は、
静かに劣化します。
データに支配される会社の特徴
見える化が進んでいるのに、
経営がうまくいかない会社には、
共通点があります。
データを見る目的が曖昧
「何を決めるための数字か」が不明
数字を見て終わっている
結果、
データが経営を導くのではなく、
経営がデータに縛られる
状態になります。
社長が見るべきなのは「数字の裏」
社長が本当に見るべきものは、
数字そのものではありません。
なぜ、その数字になったのか
何が見えていないのか
次に何を試すべきか
これらを考えるために、
データは存在します。
見える化とは、
思考を止めるための装置ではない
のです。
データを「武器」に変える条件
データを武器にできる会社は、
次の条件を満たしています。
見る数字を絞っている
決断と紐づけている
定期的に「意味」を問い直している
データ量が多いかどうかは、
本質ではありません。
判断の質が上がっているか
それだけです。
結論:データは嘘をつく、だから使える
皮肉な話ですが、
データは「嘘をつく」からこそ価値があります。
現実をそのまま映さないから、
人は考えます。
何が抜けているのか
何を測り直すべきか
どんな仮説を立てるべきか
この思考を促せないデータは、
ただの飾りです。