はじめに
プロジェクトを推進する際、最も経営者を悩ませるのは「予期せぬトラブル」ではないでしょうか。納期遅延、コスト増、人的リソースの不足、外部環境の変化…。これらの多くはリスクとして事前に認識・対処できるにもかかわらず、十分な対策が講じられないことが、失敗の大きな原因となっています。
PMBOKにおける「リスク・マネジメント」は、不確実性がプロジェクトに与える影響を最小限に抑えるための体系的なプロセスです。今回は、経営者の意思決定を支える「リスク・マネジメント」の基本と実践的なポイントについて解説します。
1. なぜ経営者にリスク・マネジメントが必要か
プロジェクトの失敗要因の多くは、突発的な出来事というより、「想定していなかった」ことへの無策が原因です。
リスク・マネジメントを導入することで、
想定外の問題を減らす
重大な被害の回避や影響緩和ができる
チームの意思決定力と対応力が高まる
といった効果が期待できます。
2. リスク・マネジメントの6つのプロセス
PMBOK第6版においては、以下の6つのプロセスに分かれています(第7版では概念整理されていますが、実務ではこの体系が使いやすいため、ここでは第6版ベースで紹介します)。
2.1 リスク・マネジメント計画の策定
目的:プロジェクトでどのようにリスクを扱うかを定める
経営者の視点:
どこまでリスクに対応するか(コスト・納期・品質の優先順位)
誰がリスク管理の責任を持つか(組織体制)
2.2 リスクの特定
目的:予見可能なリスクを洗い出す
手法:
ブレインストーミング
チェックリスト(過去の失敗事例など)
SWOT分析など
経営者の実践ポイント:
顧客や外注先も含めて多様な視点で議論する
「何が問題か」ではなく「何が起こりうるか」を問う
2.3 リスクの定性的分析
目的:リスクの優先順位をつける(発生確率 × 影響度)
例:
確率:20%、影響:高 → 優先対応
確率:5%、影響:低 → 監視対象
経営者の視点:
対応すべきリスクに集中し、全てを網羅しようとしない
感覚でなく、論理的な評価軸を設ける
2.4 リスクの定量的分析(必要に応じて)
目的:主要なリスクの影響度を数値で予測する
手法:
モンテカルロシミュレーション
決定木分析
経営者の判断軸:
高額な投資や長期プロジェクトの場合には検討する
中小規模であれば定性的分析でも十分なケースが多い
2.5 リスク対応計画の策定
目的:リスクに対してどう備えるかを決める
対応方針の例:
回避:リスクを生じさせない(例:外注しない)
軽減:影響を抑える(例:予備日・冗長設計)
転嫁:他者にリスクを移す(例:保険契約)
受容:起こる前提で備える(例:予備費設定)
経営者の視点:
コストとのバランスで最適な対応を選ぶ
あらゆるリスクをゼロにするのは不可能という前提を持つ
2.6 リスクの監視・コントロール
目的:リスク対応が有効かどうかを継続的に確認する
経営者の実践ポイント:
月次や週次のレビューで「新たなリスク」「顕在化リスク」をチェック
状況の変化に応じてリスク対応を柔軟に見直す
3. 経営者の実践的アプローチ
3.1 「直感とデータ」のバランス
ベテラン経営者の多くは豊富な経験による直感を持っていますが、それに依存しすぎると見落としも増えます。
データによる裏付けを習慣化しましょう。
3.2 チーム全体でリスクに向き合う文化づくり
「悪い情報を出すと怒られる」文化では、リスクは表に出ません
オープンに課題を話せる心理的安全性の確保が重要です
3.3 リスクはチャンスでもある
PMBOKでは「リスク=悪いこと」とは定義していません。
**「ポジティブ・リスク(好機)」**も含まれます。
たとえば:
新技術の導入 → 生産性が上がる
外部提携 → 新たな顧客層の獲得
チャンスの兆しを見逃さない視点も重要です。
まとめ
リスク・マネジメントは「問題を未然に防ぐ保険」ではなく、戦略的な意思決定の一部です。
経営者が率先してリスクに向き合うことで、プロジェクトはより安定し、チームの信頼も高まります。
まずは、自社の過去プロジェクトを振り返り、「想定外だったこと」を洗い出し、次のプロジェクトにどう活かすかを考えてみてください。